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但馬牛のルーツ

但馬牛は、兵庫県北部の但馬地方で飼育されている黒毛和牛です。
今ではブランド牛として知られていますが、但馬牛のルーツは人々が牛肉を食べ始めるよりもはるか昔にさかのぼります。

平安時代、中国で肉食として飼育されていた肉牛を、農耕用として平安京に船で輸入するようになりました。
当時は海流の強さによって上陸する場所もバラバラでたまたま兵庫県の但馬地方に上陸したことをきっかけに、但馬地区で肉牛を飼育することになりました。
これが但馬牛のルーツです。

仏教の普及によって日本人が動物の肉を食べる文化は衰退しており、特に牛や馬は水田を耕したりものを運んだりするのに役立っていました。
小柄な体型でありながら丈夫な但馬牛は、小さい面積の水田をもつ農家などで大切に飼育されました。
戦国時代、豊臣秀吉が大阪城をつくる際に全国から様々な牛を集めました。
その中で但馬牛はおとなしい性格でありながらパワフルに忍耐強く働いたことで、豊臣秀吉が絶賛し有名になりました。

日本人が牛肉を食べるようになったのは、江戸時代の終わり頃でした。
ペリーが船内で食糧として鶏と牛を求めたことをきっかけに、肉食の文化が日本に復活しました。
文明開化の勢いに乗って人々は牛肉を食べるようになったのです。

但馬牛のルーツ

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